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zoom RSS 大阪府寝屋川市の高宮廃寺跡2(現地公開見て歩き166)

<<   作成日時 : 2017/02/19 20:16   >>

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2017年02月18日、午後1時から
大阪府寝屋川市の高宮廃寺跡で現地説明会があり、行って来ました。
2度目の現地説明会です。
(参考:寝屋川市の高宮廃寺跡 (現地公開見て歩き105) 2014・02・24)
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高宮廃寺の伽藍配置。
過去の調査で回廊と予想されたものは塀であることが分ったらしいです。
西の塀の位置は当初の予想より東にあることも分かったと言います。
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今回の調査は講堂周辺が主体です。
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西塔跡またはお堂跡と思われる位置に建つ大杜御祖神社。
(大杜御祖神社:おおもり・みおや・じんじゃ)
右手の受付のあたりが中門の跡と思われます。
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社殿と東塔の間を進むとすぐに金堂跡があります。
基壇の跡と思われる高まりが見つかっています。版築の跡を確認。
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西の塀跡と思われる高まり。
奥は講堂の調査区。
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講堂跡の調査区を南から。
現地を見た印象では手前(南側)にゆるい落ち込みがありました。
高まりの部分が基壇と思われます。
基壇の南辺中央(白い案内表示)の付近から土師器皿が重なって出土、
地鎮祭の跡かということです。
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また、大きな石がいくつか見えています。
礎石が転がり落ちたものか、
あるいは縁側などを支える束石かということでした。

講堂跡の調査区を北から。
西側の落ち込みが分ります。
基壇の規模は東西16.5m、南北13.5mです。
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講堂跡の北東角の調査区。
焼け落ちたと思われる瓦の跡。
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金堂と回廊の調査区からの遺物。
  素弁八葉蓮華文軒丸瓦 均整唐草文軒平瓦
    (白鳳時代)         (奈良時代)
     金堂調査区出土遺物
  土師器  瓦器
  北回廊調査区出土遺物
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講堂の調査区からの遺物。
          唐草文軒平瓦(室町時代)
  複弁八葉蓮華文軒丸瓦  複弁四葉蓮華文軒丸瓦  三巴文軒丸瓦
    (白鳳時代)         (奈良時代)         (室町時代)
       講堂調査区出土遺物
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講堂の調査区からの遺物。
  平瓦(室町)    平瓦(古代)
  丸瓦(室町)    丸瓦(古代)
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出土した瓦から、
白鳳時代(7世紀後半)に創建され、
奈良時代(8世紀)にかけて営まれたあと廃絶し、
中世(室町時代)に講堂跡の位置に一時期再建された、
ことが分るらしいです。


関連記事。
(参考:大阪府寝屋川市の小路遺跡2(現地157)2016・10・23)
(参考:寝屋川市と四条畷市にまたがるトンボ(現地133)2015・09・30)
(参考:大阪府寝屋川市の小路遺跡(現地公開132)2015・09・28)
(参考: 寝屋川市の高宮廃寺跡 (現地105)2014・02・24)
(参考:寝屋川市〜四条畷市の讃良郡条里遺跡2(現地69)2012・09・03)
(参考:寝屋川市〜四条畷市の讃良郡条里遺跡1(現地68)2012・09・02)
(参考:寝屋川市・小路遺跡のトンボ 2011・10・29)
(参考:寝屋川市・太秦のトンボ 2011・10・27)
あらぁ、いつの間にか、たくさんアップしたんですねぇ。
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