邪馬台国と大和朝廷を推理する

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zoom RSS 京都市西山のトンボ (現地公開見て歩き169)

<<   作成日時 : 2017/03/01 18:37   >>

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2017年02月25日、
京都市西京区の芝古墳(芝1号墳)の現地説明会の帰り、
善峰道沿いにある角宮神社で案内板を見ました。
(角宮神社:すみのみやじんじゃ)
祭神は
  火雷神(ほのいかずちのかみ)
  玉依姫(たまよりひめ)
  建角身命(たけつぬみのみこと)
  活目入彦五十狭茅尊(いくめいりひこいさちのみこと・垂仁天皇)
  春日神(三神)
火雷神と玉依姫は夫婦だそうですから、
オシホミミと女王台与にあたります。
建角身命は、和歌山市矢宮神社のカモタケツノミを連想させます。
ここにも物部氏が関わっているのでしょうか。
(参考:和歌山市のトンボと相方遺跡 (現地公開152) 2016・10・05)
画像


すっかり忘れていました。
長岡京市の北西部は東山に対抗して西山と呼ばれるらしいのですが、
小畑川と小泉川が西山を囲んでいます。
西山のうち、230mの山を高千穂峯にしておきます。
ただ、トンボの聖地にふさわしい神社が見つかっていませんでした。

角宮神社のほかにもう一つオシホミミを祭る神社が欲しいところです。
ネット情報を探したらありました(神奈備にようこそ)。
長岡京市粟生にある、子守勝手神社の祭神は、
  子守社 用水をつかさどる水分神(みくまりのかみ)
  勝手社 天忍穂耳尊(あまのおしほみのみこと)
      大山祇命(おおやまずみのみこと)など
と現地の案内板にもあります。
粟生(あお?)というアフ地名も聖地にふさわしいです。

山に近い子守勝手神社がオシホミミの都に対応し、
角宮神社がオシホミミの墓に対応します。
ただし、
子守勝手神社の近くには長法寺南原古墳があって、
オシホミミの墓に対応しますから、
子守勝手神社はオシホミミの墓に対応し、
角宮神社がオシホミミの都に対応すると見ても良さそうです。

あるいはもう一つの可能性もあります。
角宮神社の案内板では、
上賀茂神社や下鴨神社に並んで格式の高い神社だったとしています。
これ、実は意外に適切な比較です。
なぜなら、
角宮神社は下鴨神社と同じく台与(玉依姫)の墓に対応し、
子守勝手神社は上賀茂神社と同じくオシホミミの墓に対応し、
子守勝手神社の背後の230mの山は上賀茂神社の背後の神山に対応する、
と考えることも出来るからです。
(参考:上賀茂の玉依姫とトンボ 2013・07・07)
素晴らしい。

長岡京市と京都市西京区にまたがる地域を邪馬台国に認定します。


翌26日の朝、
現地確認に行って来ました。

角宮神社。
鳥居の下に注目あれ、小さな石柱が立てられています。めずらしいです。
案内板によると、以前は西の宮山というところにあったとか。
ヤフー地図によると、500mほど西に宮山という地名があり、
善峰道の北側に杜乃神神社が書き込まれています。
あらぁ、あの祠だ、しまったぁ、写真撮っとけばよかった。
あれが、角宮神社の元社かも知れませんね。
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230mの山、遠望。
右手の谷状の地形の奥に子守勝手神社があります。
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子守勝手神社の入口。
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子守勝手神社。
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神社の左手には観音寺。
奈良時代から続くお寺のようです。
寺と神社が一体化しています。
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奉納された竹細工。
ウサギと龍と大蛇に猿。
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こちらは馬と猪かな。
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遠くに比叡山が見えます。
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この後は、飛鳥寺西方遺跡の現地説明会に向かいます。



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