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zoom RSS 奈良県明日香村・飛鳥寺西方遺跡2 (現地公開見て歩き170)

<<   作成日時 : 2017/03/02 19:43   >>

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2017年02月26日、
奈良県明日香村の飛鳥寺西方遺跡で現地説明会があり、行って来ました。
4度目の現地説明会です。
(参加せず。2015年02月)
(参加。ブログにアップせず。2013年12月)
(参考:飛鳥寺西方遺跡 (現地公開見て歩き79) 2013・02・03)
(参加せず。2011年11月)
(参考:飛鳥寺西方遺跡・甘樫丘東麓遺跡 (現地公開27) 2010・3・21)
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ブログにアップしなかった2013年12月14日の写真。
右手(南)で石組溝が出ています。
側石(がわいし)が確認でき、溝であることが分ります。
2011年11月の時も同じような石組溝が出ています。
左手(北)では柱穴が列をなしています。
2015年の調査では北側隣接地で2棟の建物跡が出ました。
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ここから今回の写真です。
北西からの眺め。中央の山は多武嶺。
右手に建物跡、その奥に石組溝2が出ています。
2011年の石組溝の延長線上にあたるそうです。
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東端で南北に掘られた石組溝1を北側から。
(遠方左手の山は高取城と思われます。)
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東端で南北に掘られた石組溝1を南側から。
調査で掘り下げるのはまだこれからかな。
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南東から見た眺め。
東西に伸びる石組溝2。側石が失われています。
(2011年11月の調査区では側石が一部残っていました。)
石組溝2は石組溝1を埋めた跡で作られたらしいです。
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石組溝2は建物に突き当たって北側に曲がるように見えます。
そのまま北に伸びると、
2013年12月の石組溝につながる可能性は有り?それとも、無し?
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建物跡。今見えているのは東西3間、南北2間。
奥の森は甘樫の丘。
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建物跡。やや左奥に今の飛鳥寺の屋根が見えます。
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南西からの全景。
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飛鳥寺西方遺跡は、
飛鳥時代の歴史にしばしば登場する「槻の木の広場」にあたるらしいです。
(槻の木:つきのき。ケヤキのこと。)
私、ケヤキがどんな木か知りませんでしたが、
幸いなことに京都府南丹市八木町国府を訪ねた際に巨木を見ました。
(2013年10月13日撮影)
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