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zoom RSS 神戸市東灘区・住吉宮町遺跡とトンボ (現地公開見て歩き172)

<<   作成日時 : 2017/03/20 21:30   >>

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2017年03月18日、神戸市の埋蔵文化財センターで、
東灘区・住吉宮町遺跡の報告会がありました。
JR住吉駅の南北、及び本住吉神社の東西に広がる遺跡で、
これまでに78基の古墳時代中期から後期の古墳が見つかっています。
(本住吉神社:もとすみよしじんじゃ)
前方後円墳の坊ヶ塚古墳と帆立貝式の住吉東古墳を除くと、
1辺5m〜15mほどの方墳ばかりの群集墳です。
ただし、近年に消滅した坊ヶ塚古墳を除いて、
すべて洪水によって埋没し、発掘によって発見された古墳ばかりです。
前期古墳は見つかっていないようです。
弥生末(庄内期)の周溝墓は7基ほど見つかっていますが、
分布図には書かれていません。
今回(52次調査)の古墳は古墳群の最北部に位置し、
東西16m、南北15mと言いますから、ここでは最大級の方墳です。
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発掘されたのは古墳の南西部の4分の1にあたる部分です。
1段目テラスから7基の埴輪が築造当時の状態で出土しています。
偶数号は円筒埴輪、奇数号は朝顔形埴輪だったそうです。
墳丘上部が削平されていたのに主体部が残っていたのは幸いでした。
主体部は粘土槨に包まれた割竹形木棺だそうです。
東が頭らしいです。
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円筒埴輪(左)と朝顔形埴輪(中・右)。
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左から順に、部分拡大してみました。
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粘土槨の上から出土した三振りの鉄剣または鉄槍の内の一振り?二振り?
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赤く彩色された、頭部と推測される棺内東側から、
方格T字文鏡1点、鉄鏃の束、鉄斧1点が出土したそうです。
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棺中央付近では100点を超える玉類も出土したとか。
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粘土槨の下、墓壙底でも鉄斧が2点出土。
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今回の古墳の埋葬施設での祭祀儀礼は、
(1)墓壙に粘土槨を構築する段階、
(2)粘土槨に木棺を安置し、蓋をする段階、
(3)木棺の上を粘土で覆う段階
と、複数回にわたって行われたと推測されるそうです。

神戸市東灘区では、処女塚古墳、東求女塚古墳、ヘボソ塚古墳などの
前期の前方後円墳がやや広い範囲に分散して築造され、
今回の住吉宮町遺跡はそれらに囲まれた中央部に位置します。
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灘区の長峰山のトンボから見た場合には
東灘区全体の古墳群がトンボの左岸側になり、
すべての古墳群が卑弥呼の墓に対応するのだと思われます。

今回の住吉宮町遺跡は、
本住吉神社を囲むように分布することから名づけられたと思われますが、
せっかくなので本住吉神社を調べてみました。
すると、驚きの情報が出て来ました。
その話は、次回に。

参考:灘のトンボに触れた過去の記事
(中国鏡と国産鏡・灘と熊山のトンボ 2015・11・06)
(神戸市生田神社のトンボと灘のトンボ その2 2014・12・28)
(神戸市生田神社のトンボと灘のトンボ その1 2014・12・27)
(灘のトンボ・芦屋のトンボ 2013・04・21)


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