邪馬台国と大和朝廷を推理する

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zoom RSS 滋賀県日野川と竜王山のトンボ3

<<   作成日時 : 2017/05/02 07:04   >>

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滋賀県の日野川流域(旧蒲生郡)のトンボの続編です。
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2017年04月30日、現地説明会の予定がないので、
日野川下流域の野洲市と近江八幡市を歩いて来ました。
JR野洲駅から出発です。
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中山道と祇王井川。
(祇王井川:ぎおういがわ。平清盛の時代の用水路と言われます。)
左に分かれるのは下街道ですが、
祇王井川もここで一緒に左に曲がります。
下街道は朝鮮人街道とも言い、
中山道の脇道で、江戸時代の朝鮮通信使が通ったという道です。
脇道と言っても、
この先の中山道が山よりの田舎道なのに対して、
下街道は近江八幡や彦根を通りますから、
どちらが本街道だか分りません。
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冨波古墳の周辺が目標です。(冨波古墳:とばこふん)
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大蛇退治の伝説が残るという生和神社の東側を流れる祇王井川。
(生和神社:いくわじんじゃ)。
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生和神社裏の地面の盛り上がりを西から。
東側に前方部を付けた前方後円墳のように見えます。
たまたま見つけましたが、ちょっと気になります。
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亀塚古墳を生和神社前交差点から。
墳長54m、中期の帆立て貝式古墳。
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冨波古墳を南西から。(う〜ん、グーグル画像に負けるなぁ。)
(冨波古墳:とばこふん)
墳丘は削平されて周濠だけが見つかった形です。
墳長42m、前期初頭の前方後方墳。
古冨波山古墳とともに卑弥呼(アマテラス)の墓に対応します。
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卑弥呼(アマテラス)の墓に対応すると書きましたが、
甲賀市のトンボから見ると、
冨波古墳や古冨波山古墳は右岸になるという見方もあります。ご注意。
そういえば、
古墳各部の比率が箸中山古墳(崇神天皇陵)に近いような気がします。
う〜ん、こちらが正解かも。
(参考:甲賀の里のトンボ探し 2014・09・03)

古冨波山古墳。
径26m、前期前半の円墳らしいです。
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JR野洲駅から電車でJR安土駅へ移動。
安土駅北口でレンタサイクルを借りて出発。
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活津彦根神社。
竜王町の鏡神社をツクヨミの都に対応すると見た場合、
安土駅の北方にある活津彦根神社がツクヨミの墓に対応します。
(活津彦根神社:いくつひこね・じんじゃ)
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活津彦根神社の南西2キロで周濠のみ見つかった浅小井古墳は
前方後方墳とされ、ツクヨミの墓に対応します。
所在地のヒントがないか浅小井町をぐるぐる回ったところ、
ふれあいセンターや三輪明神の案内板に記載がありました。
浅小井古墳は三輪明神より北側で見つかったようです。
三輪明神は祠というべき小さな神社ですが、
平安時代にさかのぼる神社らしいです。
南西から見る三輪明神。右奥の山は繖山(きぬがさやま。観音寺山)。
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帰ってから改めて検索し直してようやく場所を見つけました。
1985年の農地整備事業に伴う発掘調査で見つかった古墳で、
今は田畑の下に戻されたようです。
(グーグルアースのストリートビューでその田畑を見ることが出来ます。)
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報告書では弥生後期中頃の前方後方形の周溝墓とされ、
前方部がバチ形で、布留式の小形丸底壺に見える土器が出土しています。
遺跡ウォーカーでは浅小井古墳、庄内式併行と書かれています。
うわぁ、何ともはや、ひどくややこしい古墳です。
(初めは弥生の周溝墓とされたが、今は前期初頭の古墳とされるのかな。)
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沙沙貴神社の東参道。
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沙沙貴神社の神門。
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沙沙貴神社の社殿。
沙沙貴神社は崇神天皇の都に対応して、
トンボの右岸にあるのかも知れません。
(崇神天皇の都と墓は飛鳥のトンボから見て右岸側にあります。)
沙沙貴神社には佐々木氏の祖先の大彦命が祭られているとされ、
瓢箪山古墳や雪野山古墳は佐々木氏の古墳かも知れません。
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瓢箪山古墳へ向かう途中に安土山が見えました。
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瓢箪山古墳。
繖山(観音寺山)のふもと、住宅地の背後にあり、
前方部端から墳丘に上がれます。
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前方部の頂上から後円部方向を見る。
前方部では2基の箱式石棺が見つかったとか。
露出した石はその石材でしょうか。
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前方部から後円部の斜面を登る途中に露出した石。何の石??
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後円部頂上に露出した石材。
3基の竪穴式石室が主軸に直交して見つかったらしいです。
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瓢箪山古墳の後円部端からも墳丘に上がれます。
案内板はこちらにあります。
全長162m、後円部径90m、前方部幅70m、などと書かれています。
(遺跡ウォーカーでは全長134m、後円部径78m、前方部幅62m。)
トンボの右岸にある瓢箪山古墳は、
箸中山古墳(崇神天皇陵)に対応すると思われます。
相似形とまでは言えませんが、
瓢箪山古墳の後円部径と墳長の比率は
箸中山古墳(崇神天皇陵)の値に近い値を示します。
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今回は、浅小井古墳の所在地情報が混乱気味で、
胡散臭いからブログにアップするのは止めようかと思いましたが、
1986年の報告書をネットで見ることが出来て良かったです。
(「前方後方形周溝墓が発掘された(近江八幡市高木遺跡)」で検索。)
おまけ。
安土の里は湧水の里でした。
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