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zoom RSS 京都府井手町の北大塚古墳とトンボ (現地公開見て歩き175)

<<   作成日時 : 2017/05/22 20:10   >>

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2017年05月20日、
京都府井手町の北大塚古墳群で現地説明会があり、行って来ました。
(井手町:いでちょう)
北大塚古墳(1号墳)が単独で存在すると思われていましたが、
調査の結果、4基の古墳群であることが判明したそうです。
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この地方では当たり前、電車が玉川の下をくぐります。
玉川は天井川です。
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和歌の世界では井手と言えば山吹らしいです。
  音にきく 井手の山吹 みつれども
  蛙の声は 変わらざりけり      紀 貫之(古今集)
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阿弥陀寺付近から見る上井手の集落。
手前の田んぼの右手あたりに昔、
橘諸兄が創建したという井手寺があったらしいです。
正面の山は353mの山から西に伸びてくる山で、
この山の左手裏側に大峰があると思われますが、見えません。
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北大塚古墳群の遠望。後で分かったのですが、1号墳が見えています。
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説明会資料。古墳分布図と古墳の規模一覧。
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1号墳を南から。径15mの円墳です。
東半分だけ墳丘が残っていたらしいです。
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1号墳の石室。石が抜き取られてほとんど残っていません。
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1号墳の石室を北から。
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2号墳を北から。径15mの円墳です。墳丘はほとんど残っていません。
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2号墳の石室を南から。奥の高い所は1号墳のあるところです。
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調査の経過が分る写真。石室の残りが良いようです。
鎌倉時代に再利用され、のちに破壊されたらしいです。
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4号墳を西から。径7.4mの円墳。
左手と奥に周溝が見えています。
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4号墳を南東から。
奥の黄色いヘルメットをかぶった人の手前に石が2個見えます。
3号墳です。
残りの悪い古墳ですが、
石の大きさから4号墳と同じくらいの大きさらしいです。
さらに奥に1号墳の墳丘が見えます。
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1号墳から出土した土器。6世紀後半らしいです。
伊万里焼の茶碗が出土したことから、
江戸時代以降に古墳が破壊されたとのことです。
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1号墳から出土した耳環と書かれていますが、
説明会資料によると、2号墳の石敷きの上で出土したらしいです。
(あれ、??)
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2号墳から出土した土器。こちらも6世紀後半らしいです。
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3号墳から出土した耳環。3号墳は年代不明だそうです。
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4号墳から出土した土器。7世紀前半らしいです。
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後半はトンボ探しです。
(参考:茶臼塚古墳の周辺と井手町のトンボ(現地75)2012・10・23)
(参考:城陽市〜井手町の茶臼塚古墳(現地74)2012・10・22)
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井手町のトンボでは、
南谷川と支流の蛇谷川が大峰を囲んでいます。
トンボの左岸側には玉津岡神社があって、スサノオの都に対応します。
玉津岡神社の祭神にはスサノオの名があります。
トンボの内側には高神社があって、スサノオの墓に対応します。
高神社の祭神は今は伊弉册命、菊理姫命、伊弉諾命ですが、
創建時は高御産日神、伊弉諾尊、スサノオでした。(神奈備にようこそ)
また、高神社のある天王山は牛頭天王(スサノオ)を連想させます。

あるいは、
南谷川と玉川が353mの山を囲んでいると見ることも出来ます。
この場合、玉津岡神社は大きなトンボの内側となり、
スサノオの墓に対応します。

玉津岡神社の参道。
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玉津岡神社。
祭神は、
  下照比賣命(しもてるひめのみこと)、
  天児屋根命(あめのこやねのみこと)、
  少彦名命(すくなひこなのみこと)、
  素盞嗚男命(すさのおのみこと)、
  味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)、
  菅原道真(すがわらのみちざね)。
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玉津岡神社からの眺め。
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JR山城多賀駅の近くの高台から見る大峰と、手前の山は天王山。
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高神社。
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井手町では、後期古墳は見つかるものの、
前期や中期の古墳が見つからないそうです。
トンボの聖地があるのですから、
いずれ見つかるのではないかと期待します。


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