邪馬台国と大和朝廷を推理する

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zoom RSS 愛媛県西予市宇和町のムカイ山古墳とトンボ

<<   作成日時 : 2017/07/13 18:49   >>

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愛媛新聞によると、
2017年07月09日、愛媛県西予市教育委員会は、西予市宇和町で
3基目となる前期の前方後円墳が見つかったと発表したそうです。
(西予市:せいよし)
 1基目 小森古墳 全長61m、前期後半。
 2基目 笠置峠古墳 全長47m、前期初頭。シャモジ形の平面形。
 3基目 ムカイ山古墳 全長53m、前期中頃。
ムカイ山古墳は笠置峠古墳と同じ特徴を持つとされますから、
平面形がシャモジ形なのでしょうか。
(宇和町杢所の標高265mの尾根上にムカイ山古墳があるらしいです。)
(「ウォッちず」でおよその場所を推測しました。)
画像


西予市宇和町は、肱川アラシで知られる肱川の最上流部にある盆地です。
宇和町では肱川は宇和川とも呼ばれ、
宇和川と支流の岩瀬川が烏殿と呼ばれる山を囲んでいます。
(烏殿:からすでん)
烏殿を高千穂峯とするトンボの地形があるようです。

中心となる神社を探したところ、
オオヤマツミを祭る三嶋神社がトンボの右岸にあって、
女王台与の都に対応します。
オオクニヌシを祭る宇和津彦神社がトンボの内側にあって、
女王台与の墓に対応します。
(宇和津彦は景行天皇(修正在位325〜355)の皇子だそうです。)
宇和町下松葉にあるという伊勢山大塚古墳(後期)は、
伊勢山という地名からわかる通り女王台与の墓に対応します。

ムカイ山古墳ほか3基の前期古墳は皆トンボの右岸にあり、
奈良県なら箸中山古墳(崇神天皇陵・私見)に対応します。

三嶋神社や宇和津彦神社の祭神が出雲系であり、
烏殿という地名はヤタガラス(物部氏)を連想させます。
宇和町の聖地群には物部氏が関わった可能性がありそうです。

小森古墳から北東へ200mほどのところには坪栗遺跡があり、
弥生時代後期後半とみられる青銅鏡の破片などが出土しており、
宇和盆地が南予の拠点地域だった可能性を高めるとして注目されています。
坪栗遺跡の人々が邪馬台国と組んで古墳時代へとつなげたのでしょうか。

宇和町に3基の前期古墳が作られたところを見ると、
宇和町を拠点として、
鬼北町から高知方面へと邪馬台国が勢力を広げたものと想像できます。
南予の拠点地域は宇和盆地とみて良さそうですね。
(参考:南予鬼北地域のトンボ 2017・01・12)
(参考:高知県南国市のトンボと土佐神社 2017・01・13)

宇和町にはまた、
オオヒトサマの足跡やオオヒトサマの火打石と呼ばれる岩場があり、
トンボの内側には鬼窪という地名もあります。
どうやら鬼伝説の土地のようです。
鬼伝説の土地にはトンボの聖地があるという原則に当てはまります。

ということで、
愛媛県西予市宇和町を邪馬台国に認定します。


グーグルアースで見る三嶋神社の入口。
画像


三嶋神社の入口で振り返ると、
肱川(宇和川)の向こうに烏殿が見えます。
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宇和津彦神社を南から遠景で。
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宇和町杢所の集落。南側の尾根上にムカイ山古墳がありそうです。
(杢所:もくしょ)
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笠置峠古墳。
樹木を切り払い復元整備されたので、グーグル画像で見ることが出来ます。
ストリートビューも利用できます。
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