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zoom RSS 滋賀県大津市の曼陀羅山114号墳と115号墳 (現地公開見て歩き178)

<<   作成日時 : 2017/07/25 18:15   >>

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2017年07月22日、
滋賀県大津市の曼陀羅山古墳群の現地説明会に行って来ました。
和邇大塚山古墳+116基=117基の古墳群です。
そのうち114号墳と115号墳で調査が行われています。
古墳は曼陀羅山の南西のふもとにあります。
JR湖西線の小野駅で路線バスに乗り、清風町南口バス停で下車。
現場はすぐそばでした。
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説明会資料の測量図。
114号墳は径20mの円墳。
115号墳は径15mの円墳。
どちらも6世紀後半で、114号墳がやや古いそうです。
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バス通りから少し入った裏通りの現場。
奥が114号墳、手前のテントの向こうに115号墳。
テントの手前の大石は古墳の蓋石らしいです。
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裏手(南西側)に回ってみました。
114号墳の横穴式石室は南西に開口しているようです。
向こうの山は曼陀羅山です。
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114号墳の石室を墳頂部から見おろしています。
右の袖石が見えています。右袖式の石室です。
袖石のあたりでは土圧を受けて石壁が内側に歪んでいます。
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114号墳の石室を開口部から見ています。
奥の玄室は盗掘を受けて遺物が少なかったそうです。
羨道をふさぐ閉塞石は通常より外側にあり、
袖石との間の羨道部分から多くの遺物が出たそうです。
羨道部分は盗掘を受けなかったようです。
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墳頂に戻って反対側を見おろすと115号墳があります。
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115号墳の横穴式石室を南の開口部から見ています。
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115号墳の石室を墳頂部から見おろしています。
こちらは両側に袖石がある両袖式の石室です。
敷石が施され、羨道に向かって溝の蓋石が並んでいます。
溝の蓋石を外せば下から石組の溝が現れるはず、らしいです。
114号墳に比べると石がやや大きく、やや新しいと推測されています。
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石の壁は垂直に立っており、この上に蓋石があったということです。
どちらの古墳も、在地に土着の豪族の墓と考えられるそうです。
この時期、渡来人たちは、
石を内側にせり出すように積み上げ、
最後に一個の大石で蓋をするドーム型の石室を作っていたそうです。
大津市内では阪本や滋賀里などに多いそうです。


114号墳の遺物。
耳環。
耳飾りですから2個一組と思われますが、なぜか一個だけの出土です。
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須恵器。
壺と高杯2点。
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ハソウ。
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坏身と杯蓋。
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115号墳の遺物。
鐔(つば)と鉄鏃。
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耳環。
耳飾りですから2個一組と思われますが、なぜか一個だけの出土です。
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杯蓋と台の欠けた高杯。
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台の欠けた高坏と杯身。
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この後は、
和邇地区のトンボ探しに向かいます。


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