邪馬台国と大和朝廷を推理する

アクセスカウンタ

zoom RSS 滋賀県大津市和邇地区のトンボ (現地公開見て歩き179)

<<   作成日時 : 2017/07/26 20:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

2017年07月22日、
滋賀県大津市の曼陀羅山114号墳・115号墳の現地説明会の後は、
例によって和邇地区のトンボ探しに行って来ました。
画像


大津市和邇地区では、
真野川と支流の世渡川が低い丘陵を囲んでいます。
低い丘陵の一つ、河内神社の裏山を高千穂峯としておきます。
(奈良市のトンボでいえば、春日大社と春日山に対応します。)
(河内神社の祭神はアメノコヤネのほか春日大社とほぼ同じです。)
トンボの左岸の神田神社はイザナギの都に対応し、
同じく左岸の普門神田神社はイザナギの墓に対応します。
前期の前方後円墳である和邇大塚山古墳もイザナギの墓に対応します。
奈良市の春日大社のトンボの左岸側にも和邇氏の神社や古墳群があり、
大津市和邇地区の状況によく似ています。

神田神社はまた、イザナギの子のツクヨミの都にも対応し、
トンボの右岸の春日山古墳群はツクヨミの墓に対応します。
春日山古墳群には前期の前方後円墳が2基あることが知られています。
奈良市の春日山とは地理的には対応しませんが、
和邇氏にゆかりがあるということで春日山の名があると思われます。
(参考:平城宮跡と奈良市のトンボ(現地公開90)2013・03・31)
(参考:39東大寺山古墳の中平銘文大刀)(ホームページ)
(参考:23聖地移植(前))(ホームページ)
(その他、最近ツクヨミに関わる聖地移植を続々と発見しつつあります。)


曼陀羅山114号墳・115号墳から目と鼻の先にある普門神田神社の参道。
画像


普門神田神社。
祭神は和邇氏の彦国葺命(ひこくにふくのみこと)です。
私の見解では、イザナギと孝昭天皇は同一人物です。
 イザナギ ―┬― ツクヨミ → → 和邇氏(彦国葺命)
         └― スサノオ
 孝昭天皇 ―┬― 天足彦国押人命 → → 和邇氏(彦国葺命)
          └― 孝安天皇
画像


国道が立体交差するその右手向こうに河内神社の裏山が見えます。
マンジュウのような形の低い低い山です。
画像


河内神社の鳥居。
画像


河内神社の社殿。
祭神はアメノコヤネのほか奈良の春日大社とほぼ同じです。
どちらもトンボの内側にありますから、
オシホミミの聖地として対応関係にあるとみて良さそうです。
春日という地名は見えませんが、裏山は春日山に対応します。
画像


神田神社には鳥居の上部(笠木)が展示されています。
画像


神田神社の拝殿。
画像


神田神社の社殿。右は二の宮。
祭神は和邇氏の彦国葺命(ひこくにふくのみこと)です。
相殿に和邇氏の祖である天足彦国押人命が祭られています。
(天足彦国押人命:あめたらしひこくにおしひとのみこと)
二の宮に孝昭天皇とスサノオが祭られています。
 イザナギ ―┬― ツクヨミ → → 和邇氏(彦国葺命)
         └― スサノオ
 孝昭天皇 ―┬― 天足彦国押人命 → → 和邇氏(彦国葺命)
          └―― 孝安天皇
画像


神田神社の入口。
画像


曼陀羅山の遠望。
JRの車窓からもよく見え、このあたりでは一番のランドマークです。
右の山の頂上に和邇大塚山古墳があるらしいです。
画像

堅田駅の西にある春日山古墳群は目立たない山容で、
はっきりとは場所の確認が出来ませんでした。
いつか機会があれば歩きたいところです。

次は小野神社を目指して北に向かいます。
途中、小野妹子神社の案内表示があり、少し追いかけましたが、
見失ってしまいました。
後で調べたら、丘の上に小野妹子神社があり、
背後の唐臼山古墳が小野妹子の墓と伝承されているのだそうです。
(あれ?確か河内飛鳥にも小野妹子の墓があるはずですが。はて?)

小野道風神社。
小野道風は書道の神様として知られていますが、
案内板によれば、
実は菓子作りの神様でもあるのだそうです。(へぇ、知らんかった。)
画像


石上神社。入口の石柱には岩上神社と彫られています。
奥の墳丘は石神2号墳。
石上、岩上、石神、いずれも「いわがみ」と読みます。
物部氏の神社かも知れないと思って来ましたが、空振りです。
画像


小野神社。
祭神は天足彦国押人命とその子孫の米餅搗大使主。
(天足彦国押人命:あめおしたらしひこくにおしひこのみこと)
(米餅搗大使主命:たがねつきのおおおみのみこと)
米餅搗大使主命は応神天皇に「しとぎ」を作り献上したとの伝承があり、
菓子作りの神様とされます。
小野道風もその子孫という流れですね。なるほど。
画像


一般に小野氏は和邇氏から分かれた氏族とされます。
しかし境内の案内板によれば、
 敏達天皇 ―― 春日皇子 ―― 小野妹子
という系図が紹介されています。異説があるようです。

天皇神社。
元は牛頭天王社と言ったらしいです。
祭神はスサノオ。
画像


和邇川。
上流には小さいながらトンボの地形があります。
和邇川の左岸に天皇神社があり、スサノオの都に対応します。
あるいは兄の天足彦国押人命の都に対応すると見ても良さそうです。
和邇川の右岸に小野神社があり、天足彦国押人命の墓に対応します。
画像


ということで、
大津市の和邇地区に二つのトンボを認め、邪馬台国に認定します。

和邇駅からJRで帰ります。


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
滋賀県大津市和邇地区のトンボ (現地公開見て歩き179) 邪馬台国と大和朝廷を推理する/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる