武蔵国府のトンボ

今回は武蔵国府(東京都)のトンボを紹介します。 東京都では、多摩川と支流の浅川が八王子市のひよどり山を囲んでいます。ひよどり山というのは台地状の低い丘陵ですが、これを高千穂峯とします。 あるいは浅川上流では南浅川と支流の案内川が高尾山を囲んでいます。高尾山を高千穂峯とするのも良いと思います。山らしい山ですし、信仰の山でもありますし。…
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千葉県山武市・東金市・九十九里町にまたがるトンボ

今月は関東シリーズで行きます。まずは千葉県東海岸の山武市・東金市・九十九里町にまたがるトンボから。(山武市:さんむし。)(東金市:とうがねし。) 千葉県東海岸では、作田川と支流の境川が台地状の低い丘陵を囲んでいます。高千穂峯は特にこれと言って特定できません。千葉県ではよくあるパターンです。 トンボの内側上流の埴谷と椎崎にある八幡神社…
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福岡市西区今宿のトンボ

今回は旧糸島郡の東の端、今宿のトンボです。今は福岡市西区今宿です。 今宿では、七寺川と支流の鯰川が110mの山や160mの山を囲んでいます。110mの山や160mの山が高千穂峯です。 トンボの左岸にある八雲神社はスサノオの都に対応します。祭神は、スサノオ、クシイナダヒメ、オオナムチです。トンボの内側にある堀の内か、北の谷山中に旧社が…
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糸島市と福岡市西区にまたがる周船寺のトンボ

今回から2回に分けて伊都国のトンボを紹介します。今回は周船寺のトンボです。 糸島平野の東部では周船寺川とその支流が200mの山と100mの山を囲んでいます。200mの山か100mの山が高千穂峰です。 トンボの左岸にある細石神社はスサノオの都に対応します。(細石神社:さざれいし・じんじゃ。)細石神社の祭神はイワナガヒメとコノハナサクヤ…
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宮崎県大淀川流域のトンボ

前々回に、みやき町の記事で弥生時代中期後半に邪馬台国が成立したことにより、宮崎県などへ逃れた集団がいたかも知れないと書きました。 今回はその宮崎県のトンボの聖地を紹介します。宮崎市から国富町・綾町にかけて、大淀川の支流の本庄川とその支流の深年川が117mの山を囲んでいます。117mの山が高千穂峯です。トンボの左岸にある八幡宮は神武天皇…
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佐賀県基山町のトンボ

佐賀県みやき町の次は基山町のトンボです。(基山町:きやまちょう。佐賀県の北東の端。北と東は福岡県。)基山町では秋光川と支流の実松川が契山を囲んでいます。契山が高千穂峯です。 (契山:ちぎりやま。) トンボの右岸にある宝満宮は卑弥呼の都に対応します。トンボの左岸にある伊勢山神社は卑弥呼の墓に対応します。 トンボの左岸にある正八幡宮はイ…
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佐賀県みやき町のトンボ

2020年06月5日、〈知っとるね〉高柳大塚古墳県内最大規模の石室という佐賀新聞の記事を見ました。みやき町にある高柳大塚古墳、東尾大塚古墳、姫方前方後円墳が紹介されていました。いずれも中期から後期の古墳で、前期古墳はありません。残念。(みやき町:西は上峰町・吉野ヶ里町。東は鳥栖市。北と南は福岡県。) ところが、古墳の検索中に姫方遺跡と…
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備後国府跡・国分寺跡と三つのトンボ

備後国府・国分寺とトンボの関係も一石三鳥なので、この機会に紹介して置きます。すでに紹介済みのトンボですが、一石三鳥のトンボとしてはまだなので、その点に絞って紹介します。(参考:府中市・福山市と井原市にまたがるトンボ 2020・03・16)(参考:備後府中と国分寺のトンボ 2012・09・06) 備後国府跡は広島県府中市のツジ遺跡が有力…
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紀伊国府跡・国分寺跡と二つのトンボ

相模国府・国分寺とトンボの関係は一石三鳥でしたが、紀伊国府・国分寺とトンボの関係は一石二鳥です。 紀伊国府は和歌山市北部の府中地区にあったとされ、府守神社の付近が有力候補地とされています。紀伊国総社は今は大屋都姫神社に合祀されており、一説には府守神社が元社であろうと言われるようです。(府守神社は大屋都姫神社が管理しているらしいです。)…
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相模国府跡・国分寺跡と三つのトンボ

国府と国分寺のあるところにはトンボの聖地がつきものですが、相模国の場合は三つのトンボが国府国分寺に絡んでいます。 まず、国府跡と国分寺跡の位置から確認しておきましょう。国府跡は平塚市の前鳥神社の周辺が有力候補地とされていましたが、南西へ400m付近の湘南新道関連遺跡から国庁の東脇殿が見つかったようです。場所は大念寺前交差点のあたりです…
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神奈川県逗子市・葉山町の長柄桜山古墳群とトンボ

2020年05月15日号のタウンニュースの逗子・葉山版によると、長柄・桜山古墳をまもる会(浜野八十一(やそかず)会長)が長柄桜山古墳群発見から20年の足跡を記念し冊子を発行したそうです。 長柄桜山古墳群を構成する1号墳と2号墳は、4世紀中頃から後半の前方後円墳で、逗子市桜山と葉山町長柄の境界をなす尾根上にあります。1号墳 方位南南西。…
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福井県の日野山のトンボ

福井県日野山のトンボに挑戦する日が、やって来ました。 福井県では日野川と支流の浅水川が日野山を囲んでいます。(浅水川:あそうずがわ。)越前市の日野山が高千穂峯にあたります。独立峰で高い山のため、あちこちからよく見えます。福井市・鯖江市・越前市・越前町・南越前町などにまたがる南北に長い大きなトンボの聖地です。越前市のJR武生駅西側にある…
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島根県の順庵原1号墓と兵庫県の周遍寺山1号墓

前回まで、江の川シリーズから広島市周辺へと広がりましたが、今度は兵庫県加西市にも飛んでみようと思います。江の川シリーズの初めに紹介した島根県邑南町の順庵原1号墓は、弥生後期前半の四隅突出墓ですが、ほぼ同じ時期の四隅突出墓が兵庫県加西市にもあります。(参考:島根県邑南町の久喜銀山遺跡とトンボ 2020・04・22)加西市のトンボの右岸にあ…
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埃宮と安芸の国府と宮島と

前回、安芸高田市に埃ノ宮神社があることを紹介しましたが、広島市の隣の府中町にも埃宮を称する多家神社があります。(埃宮:えのみや。)(多家神社:たけじんじゃ。)多家神社の北西には阿武山のトンボがあります。阿武山のトンボの左岸にあたる多家神社は神武天皇の都に対応します。(参考:安芸の邪馬台国 2010・11・10) 多家神社の祭神は神武天…
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広島県北広島町の歳ノ神墳墓群とトンボ

島根県邑南町から国道261号線を南下すると、お隣の広島県北広島町に出ます。北広島町では江の川支流の出原川と馬尻川が540mの山を囲んでいます。540mの山が高千穂峯です。この地には八幡神社がやたらに多く、聖地の組み合わせが自由にできます。川井八幡と本郷の南方八幡     卑弥呼の墓と都。阿戸八幡と本郷の南方八幡     ツクヨミの住まい…
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島根県邑南町の中山古墳群とトンボ

島根県邑南町の北部の於保知盆地には江の川支流の濁川が流れ、支流の萩原川と門谷川が向歯無山を囲んでいます。(於保知盆地:おおちぼんち。)(向歯無山:むかばなしやま。)向歯無山が高千穂峯です。トンボの右岸にある折居神社には賀茂別雷神が祭られ、女王台与の都に対応します。トンボの内側にある賀茂神社にも賀茂別雷神が祭られ、女王台与の墓に対応します…
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島根県邑南町の久喜銀山遺跡とトンボ

2020年04月16日の山陰中央新聞の記事によると、島根県邑南町の久喜銀山遺跡の発掘調査で、第一隆盛期の操業時期が戦国時代後期から江戸時代初期までだったことが分かったらしいです。(戦国時代後期なら毛利元就の時代でしょう。)(江戸時代には天領石見銀山の一部に組み込まれたようです。)(最盛期は明治時代のようです。)(戦後、再び銅や鉛を採掘し…
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兵庫県多可町の東山古墳群とトンボ

2020年04月10日の神戸新聞の記事によると、兵庫県多可町中区東山の東山古墳群では妙見山をバックにソメイヨシノが寂しく咲き誇っているそうです。外出自粛に隣接の多可高校では休校も重なっているのでしょう。ネコがゆったりと散策していたとか。 東山古墳群は16基からなる古墳時代後期~終末期の群集墳で、大型横穴式石室をもつ円墳が集中することで…
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新潟市西蒲区角田浜の古墳とトンボ

新潟市西蒲区にある角田浜の古墳をはじめ、弥彦山周辺の前期古墳はこの記事で紹介予定のトンボの左岸になりますから、卑弥呼の墓に対応することになると、前回の記事で書きました。そのトンボの聖地は西川にかつて合流していた島崎川の上流にありますが、その島崎川は治水対策のためにズタズタになっていることも書きました。それらを踏まえたうえで、以下の記事を…
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新潟市西蒲区角田浜の古墳

2020年04月05日の新潟日報の記事によると、新潟市西蒲区角田浜の山中で未知の前方後円墳が見つかったそうです。場所は角田山から角田浜へ延びる尾根の先端で、標高は100メートル余り。墳長は50mほどで、古墳時代前期後半よりも早くに造られたと推定されています。ヤフーの地形図でもそれらしいものが確認できます。 岡山県倉敷市の古墳研究者、藤…
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