明日香村の飛鳥京跡苑池 (現地公開見て歩き101)

2013年11月24日、明日香村の飛鳥京跡苑池で現地説明会があり、
行って来ました。
飛鳥京跡苑池は2011年02月6日の北池北東隅の説明会に次いで2度目ですが、
ブログにアップするのは今回初めてです。
今回の調査によって苑池の南池の全体像が判明したようです。
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万葉文化館でバスを降りて、歩くことにしました。
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到着。イワミンのお出迎え。
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渡堤から南池の島を見ます。
奥のシートのあるあたりまで池が広がっていたのでしょうか。
島には松が植えられていたそうです。根が残っています。
島のこちら側に何か構造物があったらしく、柱が2本残っています。
その左手に2本の柱があるはずですが、抜き取られているということです。
池の底から30cmのところで柱の色が変わっています。
当時の池の深さが分かりますね。
足元に木樋(配管)が見えていますが、これ以上近寄れません。残念。
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左に寄って池の東側の様子です。
木樋は2か所にあって、北池とつながるみたいです。
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この角度だと佐渡島に見えます。
石垣の残りが良いのが印象的です。
しかし、西側(奥)では石垣が見えません。
飛鳥川の氾濫で流されたのかも知れません。
橿考研の所長さんの挨拶の中に、飛鳥川は暴れ川で、という言葉がありました。
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東側の高台から。
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池の南東の高台には2棟の建物が見つかっています。
苑池を上から眺める施設のようです。
奥の山は甘樫の丘。
建物の南と東には掘立柱の塀があるそうです。
苑池全体の区画施設と見られています。
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池の西側にも回ってみました。
奥の高い山は多武嶺(とうのみね)。
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あれ、見覚えのある赤い車。
ボディーに「東京大学 池内・大石研究室」という白いロゴが入っていました。
あとで調べたら、「バーチャル飛鳥京」というイベントの最中だったようです。
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池のすぐ西には飛鳥川が流れています。その上流方向。
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下流方向。
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向こう岸は川原の集落。
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遺物です。
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現地説明会の資料から。
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2011年02月6日に撮影した
苑池の北池の北東隅の調査区です。
調査区の東の端、道路脇で南北に伸びる石組溝が出土しました。
南の高台まで伸びて、
今回みつかった2棟の建物の東の区画施設につながるのでしょうね。
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上と同じ場所を角度を変えて。
石組溝のこちら側は砂利敷きの広場です。
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砂利敷きの広場は緩い斜面になっていて、
池まで続いています。
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池側から振り返ると。
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2011年02月6日の資料です
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以上、2011年02月6日に撮影した苑池の北池の調査区でした。

今回の写真に戻ります。
北の水路の調査区です。
西側では、石垣の下が砂利敷きの斜面です。
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一方、東側では、石垣の下がゆるい階段状になっています。
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おまけ。
紅葉。
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黄葉。
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黄葉。
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2011年02月6日撮影の写真をもう1枚。
飛鳥坐神社の前で、牛の仮面をかぶった人が竹の棒で人のお尻をたたいて回っておりました。
電柱の張り紙には「おんだ祭り」とありました。
(この日は確か、万葉文化館の人に声を掛けられて祭りの日だと教わったような気が…。)
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地図。
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