各務原市の坊の塚古墳 (現地公開見て歩き221)


2018年12月22日、
岐阜県各務原市の坊の塚古墳で行われた現地説明会に行って来ました。
(各務原:かがみはら。)
坊の塚古墳は4世紀末(古墳時代中期初頭)の前方後円墳で、
規模は墳長120m、後円部径72m、前方部幅66mです。
過去の調査で後円部は3段と確認されましたが、
今回の調査で前方部も3段と確認されたらしいです。
岐阜県では大垣市の昼飯大塚古墳(墳長150m)に次ぐ大きさです。
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名鉄羽場駅から歩きます。5分か10分の距離です。
(羽場:はば。)
駅から東に向かって下り坂になっています。
台地の東端にあたる地形のようです。
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名鉄羽場駅のすぐ北では、
台地を切り通したJRの高山本線を列車がゆるゆる登って来ます。
左奥に坊の塚古墳の森が見えます。台地の端に造られた古墳のようです。
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古墳に到着。前方部の隅角にあたる場所です。
左が側面で、右が先端部になります。
先端部を通り過ぎるとその先は急な下り坂になっていました。
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説明会資料。
過去3年間後円部で調査が行われ、
第4次調査の今年は前方部の4ヵ所で調査が行われたようです。
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前方部の隅角付近の調査区3。
車の上に2段目の葺石が見えます。
見学者の左手に3段目の葺石が見えます。
さらに上の見学者のいるところが墳頂部になります。
車の陰か下あたりに1段目の葺石があるはずでしょうか。
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調査区3の写真。2段目の葺石の残りが大変良いようです。
奥に3段目も見えています。
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調査区3の写真。3段目の葺石。
上の方は失われ、下部だけが残っています。
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前方部の先端にある調査区2。3段目の葺石が見えています。
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調査区2を墳頂部から。3段目の葺石がよく残っています。
2段目や1段目は道路のために削られ、失われています。
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前方部の東側。奥に見えるのは後円部。
くびれ部付近に調査区1と調査区4が設定されています。
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調査区1を道路から。奥が3段目の葺石、手前が2段目の葺き石です。
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調査区1を道路の外側から。
奥に3段目の葺石と2段目の葺石が見えています。
道の下あたりが1段目の葺石になるのでしょうか。
手前は周濠です。
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調査区1を墳頂部から。円筒埴輪列が見えます。
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調査区4の2段目の葺石。前方部と後円部の境がくっきり出ています。
左奥に調査区1の3段目の葺石が見えます。
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調査区4の1段目の葺石。残念、基底石は見えません(出ていません)。
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坊の塚古墳の復元図です。
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くびれ部付近で説明を聞く人々の山。
右手前が後円部、左奥が前方部です。
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遺物です。
過去の調査では、
竪穴式石室は破壊されていましたが、板状割石や巨大な蓋石が確認され、
墳頂部で行われた祭祀に使用したとみられる
土師器、食物形土製品、滑石製品、円筒埴輪などが出土したようです。
それらが展示されていました。
  小型丸底壺   高坏
          壺型埴輪
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       滑石製勾玉
  刀子型石製品    斧型石製品
  滑石製管玉     滑石製臼玉
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  食物形土製品
  魚形土製品
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  円筒埴輪
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説明会の後は、ヤマトヒメ伝承の残る瑞穂市の天神神社を探しに行きます。

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