邪馬台国と大和朝廷を推理する

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zoom RSS 京都府八幡市の美濃山遺跡とトンボ (現地公開見て歩き230)

<<   作成日時 : 2019/02/12 18:05   >>

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2019年02月09日に説明会が行われた京都府八幡市の美濃山遺跡は、
石清水八幡宮のトンボの聖域に含まれます。
(参考:石清水八幡宮のトンボ (現地公開115) 2015・01・29)
(参考:京田辺市の松井横穴群 (現地公開114) 2015・01・28)
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石清水八幡宮の境内には高良神社があって、
福岡県久留米市の高良大社と同じ神が祭られています。
(高良大社:こうらたいしゃ。)
久留米市の高良大社はトンボの内側の高千穂峯に祭られる神社ですから、
八幡市の高良神社も元は山上に祭られていたのかも知れません。
八幡市の高良神社は八幡地区の産土神だそうです。
(産土神:うぶすながみ)

さらに、
石清水八幡宮の男山の峰続きに美濃山があるように、
久留米市の高良大社の高良山の峰続きに耳納山があります。
(美濃山:みのやま。)(耳納山:みのうさん。)
(なんとまぁ、ミノという地名はあちらこちらとつながっていきます。)
なんだか、淀川や木津川が筑後川に見えてきました。
(参考:神籠石の謎←30.出雲のスサノオ(後)←邪馬台国大和朝廷推理)
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石清水八幡宮のトンボと久留米市の高良大社のトンボの間には、
人々の移住などを含む密接なつながりがあると思われます。

美濃山遺跡の弥生後期は方形住居や多角形住居を含むことから、
実は古墳時代初頭(庄内期)ではないかと疑っています。
おそらく、美濃山遺跡の弥生後期の人々は、実は古墳時代の初めに、
石清水八幡宮のトンボの聖地づくりに活躍した人々だったと思われます。
そしてまた、
古墳時代から仏教の時代に移り変わる時期にも
当地の人々は積極的にそのことに関わったと思われます。


おまけ。
散歩で見つけた花。そろそろ春です。
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